【名将になりきる】

一度、裏切りにあった医者にまた行かなければならぬようになった。
レーザー治療が、やはりその病院にしか設置されてないからだ。
軍門に下るような気がして、二度と行くものかと決めていたが、
身体の痛みには、どうしても、そのレーザー治療しか効かない。
口惜しい気がして、二の足を踏んでいた。
しかし、身体の軋みはどうしようもない。

考えた末、こう思った。

「よし、秀吉になりきろう」と。
「秀吉のように、相手の気を逸らさずに、いつの間にか、自分の『道具』として使ってやればいいのだ」と。

天下人・秀吉は、言葉は悪いが、言葉を巧みに操って相手の懐に取り入り、人心を掌握し、天下を取った。
人の情に取り入り、その情で負けた秀吉であったが、
その心配りは、あの信長でさえ「ういやつ」と可愛いがられていたという。

秀吉の心を決して師にするわけではないが、本来は不器用な私。
本当は人を褒めることも苦手だ。思っていても口にすることが、苦手だ。

しかし、この有事の最中。
そんなことは言ってはいられぬ。このままで身体を終わらすわけにはいかぬ。

相も変わらず慇懃無礼な医師。
この医師に本当に人間の血が通っているのかと言いたくなるような老醜の小男だ。

しかし、自分の身体を少しでも楽にするには、役者になりきらなくてはならない。

抑うつ状態の私には、神業とも思えるものだ。

無表情の自分の顔をまず変える。笑顔をつくる。
看護師さんや、受付の方々は、元々、私の味方となって下さっている。

上半身裸になり、面白くもない表情でレーザー照射の位置に印をつけるジジ医者。

私は交通事故の患者なので、関わりたくもないという表情をもろに出している。

そんなことで、怯む私ではない。私は秀吉。そう、サルの秀吉。

「先生、先生の病院に来ると、癒されます。それは、このレーザーだけではないですな。レーザーは確かに効きますが、それだけではないような気がします」

ジジ医者「―――なんでだね?」

「この小高い山から、眼下に広がる景色、このパノラマを見せて頂けるからでしょうねーー」

ジジ医者「ほう。そうなんだよ。この山は私が40年前に買い求めた土地でね――――」(大ノリ)

「そうなんですかーー。この景勝地は、先生の診察を受けられないと見れませんからねーー。この眺めから見る朝日や、満月などは、どれほど美しいものでしょうねーー」

ジジ医者「それは、君、素晴らしいものだよ。美しい自然を独占した気がするよ。今、ちょうど五月の風が吹いているだろう。
この酸素をたっぷり含んだ五月の風に身を任せているとね、幸福だなと思うんだよ」(かなりの大ノリ)

「そうでしょうねーー。そのせいだと私は思ってます。先生はお写真が確かご趣味だと伺ったことがありますが、あの壁に掛けてあるお写真は先生の作品でしょうか?」

ジジ医者「(大ノリノリ)そうなんだよ!私は写真とゴルフと読書が好きなんだが、中でも写真は一番好きでね。写真旅行とシャレこむ日もあるんだよ」

「そうなんですかーー。実は私も写真が好きでしてーー。
もちろん、子供の遊びみたいなものですがーー。
先生の作品はどれも、繊細で、自然を美しく表現されてます。
私が言うのは、おこがましいんですがーーー」

ジジ医者「いやいやいやいや、私は嬉しいよ!!私の作風をわかってくれるのは嬉しいものだよ。いやね、私のカメラは――――(ここから長いうんちく)」

私はいちいち、頷き、ほーーーっと感嘆の声を上げる。

そんなこんなで、治療時間は終了。

「いやーーーー楽になりました。背中の鉛が溶けていくような感じです」

ジジ医者「それはよかった。励んで治療に来たまえ」

「ありがとうございます、これからもお世話になります、いやーーありがとうございました!(満面の笑顔)」

ジジ医者「(つられて笑顔)」

――――ふう。疲れたが、これも生きる術。
おかげで身体の痛みが一割ほど和らいだ。

人を動かすというのは、難しいものだ。しみじみ思う。

今は味方を増やす時。四の五の言っている場合ではない。

己が感情はさておき。今は身体を治すのが先決。

「関白殿もご苦労しましたな。しかし、わしはおぬしよりも上手を行くぞ。生きるために。生き抜くために」

あのジジ医者が一筋縄でいくとは思わぬ。
しかし、のらりくらりとかわすのみよ。
ここらへんは家康や勝海舟だな。

しかし、わが心は常に義経のごとく。大楠公のごとく。

恩師の苦闘に思いを馳せれば―――億千万分の一にも及ばぬ。

何があろうと、私は生き抜いてみせる。何があろうと。